【ワンピース】ホーディ・ジョーンズの聖戦、転がる現実、教育と洗脳の境界線。

教育と洗脳の境界線はどこにあるんだろう?

色々な知識を得ることは当然大切だし、でもその中には“微細な嘘”とか“誤った歴史認識”とか、あるいは“偏った固定概念”が含まれていたりして。

現実世界でもそういった問題とかあるけど、それぞれの立場によって形を変えるんだ真実は。

今回はホーディ・ジョーンズの空っぽの心に寄り添ってみたい!

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ホーディ・ジョーンズの聖戦、転がる現実、教育と洗脳の境界線。

新世界編の最初の難敵だったのがホーディ・ジョーンズ。

これまでの悪役キャラと同様に、悪いヤツ・ムカつくヤツだったことは間違いない。

でも、視点を変えてみればホーディだってある意味では“被害者”と呼べるのかもしれない。

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ワンピース65巻より引用 ハチが話す人間についての価値観に嫌悪感を示すホーディ。

上記カットのように、子供のころのホーディはハチの話に嫌悪感を示している。

それは、ハチが“人間”について好意的に語るからだ。

このことから、この時点ですでにホーディが人間に対する憎悪を植え付けられていたことがわかる。

例えば以下のコマでは、具体的にホーディに価値観を植え付ける“大人”の様子が描かれているからチェックしておきたい!

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ワンピース65巻より引用 ホーディに価値観を植え付ける魚人族の大人

ホーディは生まれた時点であんな極悪人だったんだろうか?

いや、普通に考えて生まれた時は“何も知らない赤子”だったはずだ。

でも、後天的に与えられた“教育”によって、まるで“少年兵”のように洗脳されてしまった。

一部の魚人族が人間に対し強烈な恨みを持っていることは間違いないけど、ホーディはそれらとはまた違う存在のようにも見えてしまう。

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固まった価値観は壊せなかった。

一度凝り固まった先入観は、確固たる現実を突きつけられても覆らないことがある。

誰の目を通して見るかによって真実は形を変えるし、その価値観を転換することはそのまま“自分の存在意義の否定”に繋がってしまうんだ。

ホーディにとっては既に、それは“引くに引けないところ”まで進行してしまっていた。

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ワンピース65巻より引用 固まった価値観はなかなか変わらない!

そして、そんな“人間を恨む幼少期”を過ごしてきたホーディ。

人間を倒した人物を“英雄”と呼び「ザマみろ」と呟いている。

ホーディたちにとっての正義が、人間にとっての悪なんだ。

そして、一度教育(洗脳)された常識は、簡単には覆らない…。

隠された宗教対立

ワンピースの世界観には宗教対立とかは今のところ描かれていないけど、ホーディの問題にはなんかそんな臭いもちょっと感じてしまう。

ホーディの信じる神は人間の信じる神とは違うもの…って感じ。

彼にとっての“神”は人間にとっての“悪魔”であり、彼にとっての“悪魔”は人間にとっての“神”である。

そんな構図を感じてしまってならない。

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ワンピース65巻より引用 ホーディは聖戦のように人間を憎む…

だからホーディと人間は混じり合わないし、彼が人間側に歩み寄ることは絶対にない。

なぜならホーディが人間に歩み寄ることは“自己否定”でありながら“神の否定”につながるからだ。

だから、彼にとっての“人間への復讐”は、正義なんだよねきっと。

他のページでも触れているけど、ホーディの一件に関しても正義や悪は存在せず、ただ無機質な現実がそこに転がっているだけ…。

そこに“人の意思”が介入し、それに“解釈”を与えることで、どんどん問題がもつれ、絡まってきているように思えてきてくる!

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