平安時代末期の僧兵としてその名を馳せた武蔵坊弁慶。
今回はそんな弁慶について考察し、理解を深めていきたい!
ゲームと歴史の両面から掘り下げつつ、彼の魅力の正体に迫ってみよう!
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弁慶の強さと人物像考察!
KOEIの無双シリーズにおける弁慶の外見は以下のような感じ。
比叡山で暴れた末に追い出され、都で様々な武者たちから刀を奪い取る生活を送る。
そして、1000人目の相手となった牛若丸(源義経)に敗北して家来になったというエピソードの持ち主だ!
無双OROCHI2コンプリートガイド(上)より引用 弁慶の外見表現はこんな感じだった!
エピソードのテンプレ通り、背中には無数の武器を携えており、迫力満点の弁慶。
僧兵ってこともあって、どことなく上杉謙信の外見と共通する部分を感じてしまうところだ!
しかし、上杉謙信の落ち着き払った様子とは一転して、弁慶はどちらかというとワイルドな印象を受ける。
性格としても豪放磊落、自信家だけでありながらどこか間が抜けている…といった具合で、意外に愛されキャラの印象もつきまとっている感じ。
KOEI無双シリーズでは“からくり小手”を使用して立ち回るのが大きな特徴のひとつでもある!
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実際の武蔵坊弁慶!
前半で触れたとおり、牛若丸との決戦は非常に有名。
ちなみに地域としては和歌山県周辺の人物であり、和歌山県田辺市、紀伊田辺駅前には“武蔵坊弁慶像”が祀られている!
結構格好いい感じで薙刀を構えており、弁慶の迫力をうまく表現しているんじゃないかな!
ちなみに紀伊国出身であるとされてはいるものの、詳細は不明なんだそう。
物語の中では“怪力無双の荒法師”として表現されることが多い!
牛若丸(源義経)の家来になってから!
多くのお話では、牛若丸の家来になるまでが語られる。
でも、家来になってからもかなり活躍舌人物なんだよね、実は。
彼は義経の忠実な家来として活躍し、平家討伐に功名を立てた人物。
ちなみに源義経が兄の源頼朝と対立したときにも義経を支え、智謀と怪力で義経一行を助けたといわれている。
弁慶の最後は、藤原泰衡によって襲われた衣川の戦いとされているんだけど、この時の死に様も見事。
雨の様な敵の矢を受けて立ったまま死んだとされており“弁慶の立往生”と後世に語り継がれるまでの男の死に様を見せつけるに至った!
ちなみによく言う“弁慶の泣き所”とか“内弁慶”とかといった言葉も弁慶にちなんだ言葉として有名だよね!
これほどまでに“格言”みたいな言葉として現代まで残っているってことは、当時の弁慶の評判はよほど凄かったんだろうなぁ!なんて思ってしまう!
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バトワン世界の歩き方を追記!
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